江東区地名の由来「東京都江東区編」

江東区は区名であり、区のシンボルである木はクロマツ、花はサザンカとなっています。

 

江東区は昭和22年(西暦1947年)3月15日に当時の深川地区と城東地区が合併して新たに誕生しました。面積は40.16平方キロメートルとなります。

「江東」と言う地名は江戸時代から見られており、本所地区、深川地区及び隅田川の東部を指す俗称でありました。

その為江東区地名の由来としては、隅田川の東側に位置する物理的な意味合いと、合併する地区名をミックスさせ、「江」は深川地区を「東」が城東地区を意味することで命名をされました。

 

江東区は江戸初期の頃より約400年の間川を中心に発展してきた土地で、江戸初期にはあたりは低湿地帯で、亀島、大島、宝六島、永代島などは名前からも分かるように小島が点在しているだけで、石島や千田辺りはまだ海でした。

 

中期になると、子名木川は行徳の塩を江戸に運ぶ為に開かれ利根川水系を利用した船運の執着地として物流の要路となりました。

後期になると、文人墨客が多く住み独特の文化が生まれ、今でも狂歌師、国学者、画家、横綱の墓碑が残されています。

風光明媚な景色や深川不動や亀戸天神の年中行事でにぎわい、江戸市民の行楽地が各所にありました。

明治から大正にかけては、産業革命がおき多くの工場が立地しましたが、大正12年の関東大震災をきっかけに現在の街並みに区画整理がされました。

その後昭和に入り埋立などで広くなった地区を合併して一つの区としてまとめ、現在は職、住、商が間近に揃った臨海副都心へと発展したのでした。

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