大田区地名の由来「東京都大田区編」

東京都大田区と言うと、それだけで江戸城を築いた太田道灌を思い出す人が多いくらいで、太田道灌の生まれたところとか、お墓があるところということを想像しがちですが、実は違うのです。


大田区の大田に注目すればわかる通り、「大」であり、「太」ではないのです。大田区は23区の下に位置する区です。面積は60.66平方キロメートルとなります。
実は、大田区地名の由来は、昭和22年(1947年)にまで遡ります。
明治10年(1887年)アメリカの動物学者であるE・S・モール博士が横浜から新橋へ向かうときに汽車の窓から見た貝殻の堆積に感じるところがあって、科学的発掘調査のきっかけを作り、近代考古学の出発点となった「大森貝塚」のある大森区と松竹キネマが制作し、映画でおなじみになった「蒲田行進曲」の舞台ともなっていたる蒲田区が合併したことが由来なのです。大森の大と蒲田の田がその根拠と言うわけなのです。
大田区は東京湾の埋め立てなどで区域を拡大してきました、平和島、昭和島、大井ふ頭、京浜島、城南島など次々に人工島を完成し、今では東京23区で最も大きな面積を誇る区域となっています。
何よりも世界に誇れる羽田空港を持っているということも特徴の一つになっています。

また、小企業でありながら、伝統的な技を持つところも多く、職人の世界が広がっています。蒲田は今でも庶民的な感覚が残っており、多くの人たちが、古き良き時代を偲ぶところとなっています。

また、子どもたちが喜ぶ多摩川でのハゼ釣りなど、自然に恵まれている点も大きな特徴であり、合併した良さが今でも残っている区域と言うこともできます。

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