中野区地名の由来「東京都中野区編」

東京都内でも住宅エリアとして発展している中野区は、23の特別区の一つで西部に位置する区です。面積は15.59平方キロメートルとなります。

中野区地名の由来については、武蔵野台地が広がるエリアでその中心に位置するため、中野区と言われるようになったとされます。

実際に中野の地名が歴史上に登場するのは、和歌山県に存在する熊野那智大社に伝わる「武蔵国願文」という古文書で、そこには「中野郷」から修験道の僧侶が赴いた旨の記載がなされています。

この「武蔵国願文」が記されたのは1362年のことなので、それよりも以前からその地名が存在した可能性もあります。

ただ967年ごろの「延喜式」には海田郷と呼ばれており、いつ中野郷に変化したかについては定かでない状況となっています。

また近世における中野区地名の由来としては、1889年に現在の中野区に相当する地域は中野村と野方村に分かれており、1897年の町制施行で中野町になっています。

一方で1924年には野方村も同じく町制施行で野方町になっています。

そして1932年には東京市域が拡大したのと同時に、中野町と野方町が合併し現在の中野区となったとされます。

 

近世の中野区地名の由来には、中野町からそのまま取ったとする説と中野町の中と野方町の野から取って、中野区となったという説の二つが存在します。

1943年には東京市が廃止されたのと同時に東京都になり、東京都中野区と現在の住所表示になっています。

人口密度についても豊島区に次いで、第二位となっており、人口の密集度が著しい地域性としての特徴があります。

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