杉並区地名の由来「東京都杉並区編」

杉並区の位置は23区の左側にある区です。面積は34.06平方キロメートルとなります。

杉並区地名の由来は、江戸時代初期に成宗・田端両村の領主であった岡部氏が、領地の境界を示すために青梅街道に杉を植えたことによって始まりました。

 

杉の木が成長し杉並木となり、人々に親しまれたことから「杉並」という俗称が使われていたようです。

旅人や市場に通う百姓が、「杉並に行ったら一服しよう」など、道中の目印としても親しまれていました。

 

その後、明治前には既にその杉並木は無くなってしまいましたが、明治22年、6つの村(高円寺・馬橋・阿佐ヶ谷・天沼・田端・成宗)が合併された際、新村名として「杉並村」が採用されました。

やがて大正13年「杉並村」は「杉並町」と改称されました。

 

昭和7年10月に全35区、人口566万人の大東京市が誕生し、再び3つの町(井荻・和田掘・高井戸)と合併するとき、「東京市杉並区」として誕生しました。

そして昭和18年に東京府と東京市との合併で東京都が誕生し、「東京都杉並区」になりました。

 

 

ちなみに、現在の杉並区の地域は慶応四年に松村武蔵知県事に属したのち、同2年に武蔵知県事を廃して新たに設置された品川県に。同4年に品川県が廃されて東京府に編入、東京府多摩郡に所属。同5年 5月神奈川県に所属が移され、神奈川県多摩郡に。9月 再び所属が東京府に戻され、東京府多摩郡に。また同11年7月 公布された郡区町村編制法によって、東京府東多摩郡の所属となり、同29年東多摩郡と豊島郡が合併され豊多摩郡が誕生、東京府豊多摩郡の所属に。

そして昭和7年に東京市となり、18年に東京府と東京市の合併により東京都になり現在に至ります。

2件のフィードバック

  1. イマイ より:

    杉並区役所あたりが、阿佐ヶ谷村・杉並と呼ばれていた。
    それが阿佐ヶ谷・高円寺・天沼・成田(成宗と西田端・東田端)エリアまで拡大した。
    さらに合併で、井荻村・高井戸村・和田堀之内村を吸収。
    局所的な小さなエリアが、どんどん拡大して区の名前まで出世しましたね。

    でも青梅街道はイチョウ並木、中杉通りはケヤキ並木です。
    花粉症が増えている現在では、杉だとクレームで伐採されそう・・・

    また駅を反対した馬橋村は、没落してしまいました。
    ※当時は電車利用は少なく駅=空港だったし、騒音・排煙(蒸気機関車)で避けられた。
    そもそも甲州街道沿いから避けられてので、京王線より先に中央線ができたのだが・・・
    代わりに、杉並区にとっては高円寺・阿佐ヶ谷の2つの駅ができました。
    ちなみに駅名・村名は「ヶ」が付くが、地名には付かず阿佐谷北・阿佐谷南です。(5文字は多いのか?)

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